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2007年3月31日 (土)

桜の季節

Sakura 今年も桜の季節がやって来ました。私の住んでいる横浜もそろそろ満開の時期を迎えようとしています。梅の季節から桜まではあっという間に来る感じで、あぁ・・・春が来たのだ・・・という思いになります。今年は気象庁の開花予想に誤りの発表があったりしましたが、我々人間の勝手な予想とは関係なく桜は毎年咲いてくれます。昨秋、初めて京都の紅葉を撮影しに行きましたが、見事な紅葉に大感動を受けました。そしてこの春は、京都の桜を撮影しに行きます。残念ながら私が予定している日は雨予報ですが、雨なりの雰囲気のある写真が撮れればよいなぁ・・・と、思っております。写真は自宅近くの川沿い(およそ 4km)に植えられている桜並木です。

2007年3月30日 (金)

ライカのカタログ

Leica_r カメラ店のライカコーナーに「Leica R System The analog-digital system」という 37ページに及ぶカタログを見つけ、頂いて来た。ライカ一眼レフ、R のシステムを紹介しているカタログで、R ファンとしてはなかなかに良いカタログです。ボディ R9 のページではモータードライヴを装着したシステムと、DMR を装着したシステムを解説している。カタログらしく測光モードと露出モード、フラッシュの活用方法などが掲載されています。更にはレンズの紹介と解説。R ファンの私は最初のページからじっくり読んでしまった。ついでに「2007年 ライカ写真製品価格表」も頂いて来たのですが、価格を見るとため息が出てしまいますねぇ・・・・。(笑)
M 型ユーザーに比して R 型ユーザーは極めて少ないので R 型の存続を危ぶむ声がありますが、近い将来 R10 を出して頂いて R 型を引き続き販売して頂きたいものである。

2007年3月29日 (木)

Super Wide-Heliar 15mm F4.5 Aspherical

Swh_1 コシナのフォクトレンダー・ブランドのレンズ、Super Wide-Heliar 15mm F4.5 Aspherical です。先日ライカ使いのお仲間からお借りして使ってみたのですが、小さいのに良く写る・・・・という印象を持ち、某量販店のポイントが溜まっていたのでポイントを使って入手した。開放値が F4.5 という事で M8 に付けるとご覧のように小さく可愛い。超広角レンズにも関わらず歪曲は見事なまでに補正されているので、直線が目立つ被写体でも安心して使える。歪曲の無い超広角レンズで思い起こされるのはハッセルの SW シリーズで使われているツァイスの Biogon 38mm F4.5 である。私は歪曲が目立つレンズが苦手なので、ズームレンズがあまり好きではない。気にしない人は気にしないのでしょうが。
ただこのレンズ、距離計に連動しないので目測となってしまい、必然的に被写界深度を利用した撮影となるが、超広角なのでそれほど問題はないと思う。また M8 で使うと画角が 20mm 相当になってしまいますが、充分広角を楽しむ事は出来ます。先日、Super-Elmarit-R 15mm F2.8 ASPH. をお借りして撮影したが、さすがと思わせるレンズでした。しかしそれなりの価格で自分には手に入れられそうも無い。代わりと言っては失礼に当たりますが、この Super Wide-Heliar 15mm は充分に代わりを務めてくれるレンズだと思います。Swh_2 写真はこのレンズでスナップした一枚。

2007年3月28日 (水)

Elmarit-R 28mm /f2.8 (type I)

E28mm 以前書き込んだ壊れた Elmarit-R 28mm /2.8 (type I) です。絞り羽根が壊れ、ピントリングを回すと鏡胴がどんどん前に出て来てしまうという症状が出てしまった。ライカジャパン銀座店にオーバーホールをお願いする予定で持って行ったのですが、後玉にカビが生えているので一先ずオーバーホールを中止しました。
前に飛び出して来た鏡胴を回してピントリング部分から外してみたのが上の写真。レンズは、う~ん・・・・こういう仕組みになっていたのか・・・・と、初めて確認する事が出来た。知識のある方はレンズ部分も分解したり出来るのでしょうが、私はここまで。ライカ R の Elmarit-R 28mm /f2.8 はモデルチェンジして type II に代わっていますが、角型フード内蔵という極めて珍しいレンズに生まれ変わっている。写友の ritomo さんが type I と type II の撮り比べをしたところ、描写にはそれほど大きな違いはないようでしたが、type II の方がやや画角が狭い事が判明した。ritomo さんのブログはこちら。 http://acielmd.exblog.jp/

このところ出費が多かったのでオーバーホールも中止してしまったが、いずれ改めてオーバーホールに出すか、資金が出来たところで type II を入手するか、ゆっくり考える事にする。

2007年3月27日 (火)

朝比奈隆

Asahinaドイツ人指揮者よりドイツ的解釈をする指揮者、と言ってもよい日本指揮者界の重鎮、朝比奈隆。しかし 2001年 12月に惜しくも他界してしまった。私が初めて氏の音楽に接したのは 1970年頃。NHK-FM で聴いたベートーヴェンの交響曲第5番「運命」が最初である。オーケストラは多分 NHK交響楽団だったと思う。ゆったりと堂々たる解釈で演奏された「運命」に少年の私はビックリし、日本人指揮者でこんな解釈を聴かせてくれる人がいるなんて・・・・と、ただただ驚いた記憶がある。以来、朝比奈氏の指揮したものが FM で放送されると必ず聴いていた。学習研究社にベートーヴェン交響曲全集を録音したとの記事が雑誌に載っていたのですが、当時は入手出来ずにいた(後年、CD で入手)。その後、日本ビクターが手兵大阪フィルとのライヴでベートーヴェン交響曲全集を録音し、順次発売してくれたレコードを驚喜して購入したものである 。
朝比奈氏の得意と言えばベートーヴェンもそうであるが、なんと言ってもブルックナー。日本でブルックナーの音楽を広めた指揮者の第一人者であろう。私にとって朝比奈氏のブルックナーの原点は写真のレコード。東京・渋谷の小さな劇場「ジアンジアン」の経営者が自ら楽しむために自費を投じて作られたのがブルックナー交響曲全集。全集としてまとまる前に単発でこの「交響曲第8番」が発売され、私は「ジアンジアン」まで買いに行った。その後、朝比奈氏は第8番を何度も録音していますが、私にはこれを凌ぐ演奏はないと思っている。ブルックナーの交響曲中で最高傑作のこの第8番は名演盤が多く、クナッパーツブッシュ、シューリヒトなどは昔から愛好家が名演として名を挙げますが、ジアンジアン盤の朝比奈氏も負けず劣らずの名演だと思う。生前私はコンサートが終わると必ず楽屋に行ってレコードや CD にサインを頂いており、このジアンジアン盤もご覧の通りジャケットにサインを頂いています(ジャケット下部のマジック書きが氏のサイン)。ちょっとミーハーみたいですが(笑)。

2007年3月26日 (月)

キヤノン FD マウントカメラ

Ae1写真は、ベストセラーになったキヤノンの AE-1 です。このカメラは勤務先の方から頂いたものなんですが、残念ながら絞り込みレバーの作動不良で正確な露出が出ません。一応キヤノンサービスに持って行ってみたのですが、残念ながら修理不能というつれない返事。キヤノンの FD マウントのカメラで使用経験のあるものは A-1 と T90 です。T90 は後の EOS 1 に続くデザインで、今考えてみるとマニュアルフォーカスカメラとしては特異なデザインだったのでは・・・・と思います。キヤノンの FD マウントカメラと言えばなんと言っても F-1 を挙げなければならないでしょう。昔から一度 F-1 か New F-1 を使ってみたい・・・・使ってみたい・・・・と思いながら、とうとう使ってみる事なく終わりそうです。ニコン F3 をメインに使っている時、写友の New F-1 をいじらせてもらった事がありますが、その時の第一印象として残っているのは巻き上げ時の感触の悪さでした。 F3 が何とも言えない滑らかさに対し、New F-1 の感触は「これ、油切れ?」という感じを受けましたが、写友によるとそれがノーマルとの事。モードラやワインダーを装着して使うのが前提と言ってましたが、その時は「う〜ん・・・・」と唸ってしまいました。改めて考えると F3 は良く出来たカメラだったんだなぁ・・・・。

2007年3月25日 (日)

ニッコール 50mm/f2

H50mmニコンの古いレンズ、NIKKOR-H Auto 50mm/f2 です。十年以上前に入手し、直後にメーカーでオーバーホールしてもらっています。確か当時使っていたニコン・ボディは F3 二台がメインだったと思います。このレンズはそのままだと F3 では絞り込み測光になってしまうので、関東カメラサービスで Ai 改造をして頂きました。今はもうほとんど使っていないので拙ホームページの「愛用の機材」にも入れていません。描写の方はニッコールらしくなく(笑)、あまり固い写りはしないですね。いいレンズだと思います。F3 を長く使って、その後 F4、F5、合い間に F や F2 を中古購入し、バリバリのニコンユーザーでした。35ミリ SLR はニコンが最高・・・・と思っていましたし、事実ニコンのボディは信頼出来るものでした。まぁ、今更私が言わなくても多くのニコンユーザーが感じている事だと思います。

その後、キヤノンから EOS 5D が発売される時に、ニコンからキヤノンに鞍替え・・・・という感じで何台かのニコン・ボディとレンズを売却して 5D を購入したわけです。そうしたらコシナからニコン F マウントのツァイスレンズが発売。しかしニコンからキヤノンに鞍替えは良く聞くのですが、キヤノンからニコンに鞍替え・・・・って、あまり聞かないですね。実際にはいらっしゃるのでしょうが、ニコンからキヤノンに鞍替えする人より圧倒的に少ないでしょうね、多分。今でこそニコンも超音波モーター内蔵レンズが増えましたが、数年前までは静かで速いオートフォーカスはキヤノンというイメージがありましたので、特にプロカメラマンの場合は鞍替えする人が多かったようです。今はニコンもキヤノンには負けていない・・・・と思うのですが、どうなんでしょう・・・・?

2007年3月24日 (土)

ライカ遍歴

M2 私のライカ遍歴については「ライカ M8」の項で簡単に述べました。ここでは更に突っ込んで・・・・。機材購入については資金的に余裕がある訳ではないので、何か欲しい機材が生じると手持ちの機材を泣く泣く処分して新しい機材を購入して来ました。基本的に半年くらい使っていない機材はその後もほとんど持ち出す事は無いだろう・・・・という解釈で手持ちの機材を手放していました。自分のライカ遍歴は以前書いたように最初は M6 初期型の中古である。レンズが無ければ使えないのでお店に勧められるままに Summicron-M 35mm/f2 の第三世代 7枚玉を一緒に、両方で確か 35~6万円くらいし、恥ずかしながらローンで購入した。(ちなみに今所有している 7枚玉はこの時のものではない。)ところが暫くして他に欲しい機材が出たため、この M6 セットは下取りに出してしまった。今思えばもったいない事である。しかしいざ無くなってみるとライカへの情熱はより強くなり、確か一年くらい経ってから今度は並行品の新品 M6 を買い直したのである。当時円高のお陰で 17万円くらいだったと思う。中古の M6 初期型より新品 M6 の方が安いのであるからライカの市場は面白いものである。尚、この頃の M6 は TTL が出る前のモデル。
当時パソコン通信華やかりし頃で、Nifty の会員だった私はこのパソコン通信のライカ会議室オフ会で多くのライカユーザーと知り合いになり、いろいろと教わった。そこで話される事は「ライカはやはり M3 だねぇ・・・・」というライカ博士が多く、M6 を持っていると何か引け目を感じてしまうのである。今思えば笑止千万ですね(笑)。しかし影響を受けた私はせっかく新品購入した M6 を売り払い、M3(当然中古)に買い換えてしまったのである。更には焦点距離 35ミリが好きな人には M2 がいい、という話しに惑わされ M2 も購入(笑)。ただこの M2 のブライトフレームはレンズ焦点距離に合わせてひとつしか出ないのでファインダーがすっきりしていて気に入っています。結局自分のライカはずっと M2、M3 で落ち着き、この二台で撮影を楽しんで来た。ところが・・・・、そうですライカ M 型初のデジタルカメラ M8 が来てしまうのです。以来、M 型で使うのは M8 だけ。M2、M3 には申し訳ないと思っている。とは思いつつも、出来たら M7 も手に入れてみたいという欲求(資金は無いですが)はあるのですが、M8 があるので仮に手に入れる事が出来ても多分使わないだろうな・・・・という事で我慢しております。写真は愛用の M2。
尚、その後また M6 は入手しています。(笑)

2007年3月23日 (金)

フルトヴェングラー

Furt ウィルヘルム・フルトヴェングラー。クラシック音楽ファンならまず知らない人はいないのでは・・・・と思われるドイツの偉大な指揮者。カメラ好きがライカ・ウィルスに感染する人が多いのと同じく、クラシック・レコード・ファンもフルトヴェングラー・ウィルスに感染する人が多い。私もその一人である。1954年に没しているので、残っているレコードは基本的にはモノラル録音である。一部ステレオでライヴ録音されたものも有るとの記録が残っているようですが、私の知る限りステレオ盤(擬似ステレオは除く)は出ていないようである。最新録音の音の良さしか知らない若い音楽ファンがもしフルトヴェングラーのレコード(或いは復刻CD)を聴いたら、どういう感想を抱くのだろう。特にフルトヴェングラーの場合はスタジオ録音より生(演奏会)でこそ真価を発揮する指揮者であるが、残っているライヴ録音は当時の録音機器の品質問題もあって歪が多い。中には客席での盗み録りと思われるテープからの音源も残されているくらいである。逆に言うとフルトヴェングラー・ファンはフルトヴェングラーというだけですべての録音を聴きたい・・・・と思うのである。私は十代の時にクラシック音楽の魅力に取り憑かれてからまもなく、フルトヴェングラーを知る事となる。
最初の出会いは雑誌「レコード芸術」に書かれていた或る記事による。昔、米ウラニアから正規のルートを経ずに発売した 1944年録音のベートーヴェン「英雄」のレコード(演奏はウィーン・フィル)がフルトヴェングラーに訴訟を起こされ市場から消えた。その後、今度は米ターナバウトから同じく 1944年録音の「英雄」が発売された。しかしオーケストラはベルリン・フィル。で、このレコードの記事を評論家の小林利之さんが書いておられ、ウラニア盤とターナバウト盤はややピッチの違いはあるが、同じ演奏であるとの事。なによりこの 1944年の放送録音は超絶的名演と言われているそうで、俄然私も興味が湧いた。レコード芸術誌のレコード店広告を見ていると東京・数寄屋橋に在るレコード店にこの米ターナバウト盤の広告が載っていたので、学校帰りに電車を乗り継いでお店に行ってみた。しかし売り切れとの事でがっかりしたのですが、そのお店の近くに在る別のレコード店に幸い在庫が有り、手に入れる事が出来た。レジで代金を支払いながら何気なく目を壁にやると、なんとそこには「非売品」とタグが付いた米ウラニア盤が飾ってあった。これが発売中止になった貴重なオリジナル盤(?)か・・・・と大変感動した記憶が今でも残っている。俗にこのレコードは「ウラニアのエロイカ」と呼ばれている。
さて、時代を経て著作権切れになっている音源もあるのか、嘗て海賊盤として発売されていた数々のレコードがここ数年正規ルートを通って CD 化されており、ファンには有り難い時代になっている。特にザルツブルク音楽祭での彼が指揮した数少ないオペラ録音が正規盤として発売されるようになったのは喜ばしい事である。昔は著作権など無いに等しいイタリアから随分とフルトヴェングラーのレコードが発売されていた。私も輸入レコード専門店を周りながらそういったフルトヴェングラーのレコードを随分と買い漁っていたものです。今でこそもう血眼になる事はなくなりましが、やはり当時の事が懐かしいです。写真右上が「ウラニアのエロイカ」の元となったオリジナルテープからのレコード。左下はベルリン陥落後、ソ連が占拠したベルリン放送局所蔵のライヴ録音テープをモスクワに持ち帰り、ソビエト国内だけで販売していた一連のライヴ録音盤の中の一枚、「ブルックナー/交響曲第5番」の露メロディア盤。

2007年3月22日 (木)

ライカ M8

M8昨年末、ライカ M8 を手に入れてから 1,200枚ほど撮影して来た。フィルム本数に換算すると 33本くらいなもので、まだそれほどの撮影枚数ではないかもしれない。しかし、すっかり手にも慣れて、今は自分にとってライカ M型は M8 だと言っても過言でないくらい気に入っている。使っていて不満というか、操作性の面でやや疑問符が付くのはメモりカードが満杯になった際、カードの交換のためにわざわざ底蓋を開けなければならない事。この件に関してライカ社としてはカード交換はフィルム交換と同じと考えていたのであろうか。バッテリー交換ならともかく、カード交換は国産デジタルカメラのようにボディ横辺りで出来ると操作性はもっと良くなるのに・・・・と感じる。しかしそれ以外は特に不満もなく、画質も含めて良く出来たカメラだと思う。
思えば自分にとっての初めてのライカは随分前の事であるが、M6 でした。トッププレートにライツの刻印がある初期型の M6 です。その後手放したり、新品の M6 を買い直したり、更には米国から通販で M3、M2 を購入したり、いろいろ変遷はありましたが、現在はその通販で購入した M3、M2 と M8 が手元にある。M3、M2 はオーバーホールを施してあるので調子は良いのですが、何しろ M8 を手に入れてからは一度も使っていません。たまには使ってやらないと・・・・と思うのですが、M8 につい手が伸びてしまいます。それくらい M8 が気に入っているのですね・・・・。

2007年3月21日 (水)

ニコンのカメラ

このところライカばかり使っている。ライカのボディでレンズ交換する際、レンズ脱着ボタンはマウントに向かって左側にある。当然レンズを外す際はこのボタンを押しながらレンズを回転させるわけで、至極当然の事。で、今日久しぶりに手持ちで唯一のニコン、F100 を出してレンズを装着して空シャッターを切っていた。やはりニコンのファインダーはいいなぁ・・・・と思いながらレンズを外そうとしたら外れない。「あれ?」と思いながら脱着ボタンをきちんと押しているのにレンズは回転してくれない。「あぁ、ニコンは回転が逆だった・・・・」と時計回りに回転させようとしても回らない。「どこか噛んでしまったか?」と少々焦りが・・・・。何度やってもダメ。まいったなぁ・・・・と改めてカメラを見たら、自分のドジに気が付きました。レンズ脱着ボタンと思って押していたのは絞り込みボタンだったのです。ニコンのレンズ脱着ボタンは・・・・そうです、マウント右側ですよね(笑)。絞り込みボタンを押してもレンズが外れるわけがない。ライカは R も M もレンズ脱着ボタンはマウント左側です。習慣というのは恐ろしいですね。無意識にマウント左側のボタンを押していました。ニコンはレンズ装着もほとんどの他メーカーとは逆で反時計回り。たまに持ち出すとホント気を使います。これでも昔はバリバリのニコンユーザーだったのですけどねぇ・・・・(笑)。F100_5

2007年3月20日 (火)

横浜港大さん橋

Aurora 横浜港の大さん橋国際客船ターミナルに時々行く。洒落た作りをしていて、時間が空いた時にちょっとブラブラするのに丁度良い。大さん橋から赤レンガ倉庫にも山下公園にも行けるので、散歩しながら風景を楽しむのに良いと思う。さてその大さん橋国際客船ターミナルには豪華客船が頻繁に出入りしている。6日には恐らく誰でも知っている「クイーン・エリザベス 2世号」が三年ぶりにやって来た。そして今朝はエリザベス 2世号より大きいイギリス船籍の「オーロラ号」が着岸した。ちなみに参考資料によるとエリザベス 2世号の総トン数は 70,327t、オーロラ号が 76,152t である。傍で見るとまるでマンションが建っているような感じを受けた。さん橋には観光バスが数台待機しており、しばらくするとオーロラ号の船客が下りて来てバスに乗り込んだ。出航は今日の午後 6時、それまでは横浜か都内の観光であろう。一番贅沢な旅は船旅と言われているが、一回くらいは経験してみたいものである。一生無理でしょうけど・・・・(笑)。尚、午後 5時には「飛鳥 II」も着岸する。

写真は R9 + Summicron-R 50mm F2 + DMR

2007年3月19日 (月)

Elmarit-R 19mm /f2.8 (type II)

Elmarit 今更私が言うまでもなく、デジタル一眼レフのほとんどの撮像素子は 35ミリフィルムより小さい。キヤノンの一部フルサイズ以外は俗に APS-C、或いは APS-H サイズと言われる大きさで、フィルムサイズの画角で 1.3倍から 1.6倍となっている。望遠重視の撮影にはいいが広角が弱くなってしまう。したがって国内各社はデジタル一眼レフ専用レンズを発売し、広角レンズに不足が無いようラインナップしている。

さて、愛用のライカはというとオートフォーカスも無ければ手振れ防止機能なんていうハイテクなシステムも無い。デジタルバック DMR の画角に合わせたレンズも勿論発売していない。DMR はフィルムサイズの 1.37倍の画角になるので 28mm レンズを使ってさえ 38mm 相当の画角になってしまう。よって DMR で広角レンズを使うには更に画角が広いレンズを使うしかありません。21mm レンズで 29mm 相当になり、ようやく広角かな・・・・という感じである。で、写真の Elmarit-R 19mm F2.8 を DMR で使うと 26mm 相当で、これなら広角レンズらしい広さを感じます。しかしライカには更に広角で Super-Elmarit-R 15mm F2.8 ASPH. なんていう超弩級のお化けレンズがある。出来得る事なら手に入れてみたいものであるが、価格的になかなか手を出せそうもない。ライカ沼は深い・・・・(笑)。今日は RLFC 会長の襲撃を受けてくる予定。

2007年3月18日 (日)

ブルーレイ・ディスク

Bluray 映画ファンが自宅で映画を楽しむにあたって、最初に広まったのがビデオテープによるソフトでした。VHS、β の二方式。その前にフィルムでも出ていたようですが、一般的には前二方式によるビデオソフトでしょう。私が自宅にビデオデッキを導入した時はまだ音声ハイファイ方式によるデッキが出る前でした。それでもステレオ音声によるビクターの VHS ビデオデッキを購入した。当時 27万円くらいで、現在のビデオデッキの価格から比べれば嘘みたいに高価な家電製品でした。生テープも一本 4千円前後していました。そのデッキでテレビ初放送された 007 シリーズを録画出来た時は大変感動したものである(笑)。その後、秋葉原を歩いていた時に偶然或るお店の店頭に 007 シリーズのビデオソフトが売られているのを発見し、驚いた。輸入版のその VHS ビデオソフトは一本 2万5千円ほどしており、手持ちが無かったので後日改めて秋葉原まで出向いて購入した。確か最初に購入したのは「007/ロシアより愛をこめて」だったと思う。当時、まだビデオレンタル店など無い時代で、映画好きはこういうソフトを買うしかなかった。もちろんまだ国内発売されていない時代です。

その後認定のビデオレンタル店がぼちぼち出始めましたが、一泊二日で 1,500円もしていた。映画を劇場で観るのとレンタルで観るのとが同じ価格でした。しばらくしてパイオニアから「映像の出るレコード」としてレーザーディスクが登場。新しいものに目が無い私は割りと早い時期に第二世代のレーザーディスク・プレイヤーを購入した。なんと言ってもレーザーディスクが市民権を得たのは「スターウォーズ」のディスクが発売されてからでした。この頃から映画ソフトを綺麗な映像で観るのはレーザーディスクとなり、しばらく続いた後に出て来たのが DVD。DVD が一気に普及したのはプレイステーションにドライヴとして内蔵されてからですね。

その DVD もそろそろ終焉を迎えようとしていますが、代わりに登場して来たのがブルーレイ・ディスク(Blu-ray Disc)と HD DVD。所謂フルハイビジョンで記録されたディスクである。ブルーレイと HD DVD に互換性は無く、VHS と β みたいにユーザー不在の企業間競争が影響している。ただ HD DVD 陣営は東芝一社であり、非常に形勢は悪い。DVD の画素数が 720 x 480 ドットであるのに対して、ブルーレイは 1920 x 1080 ドット。このフルハイビジョンによる映画ソフトを観てしまうと、もう DVD には戻れなくなるほど画質の違いは大きい。昨秋からブルーレイ・ディスクによる映画ソフトが少しずつ発売されているが、今年こそブルーレイ元年になりそうである。ソニー・ピクチャーズから 5月には「007/カジノ・ロワイヤル」のブルーレイ・ソフトの発売予告が出ましたし、007 ファンとしてはそれまでの全 20作を早くブルーレイで発売して欲しいものだ。写真のソフトは左上から「ブラックレイン」「M:i:III」「沈黙の戦艦」「ディープ・ブルー」「リーサル・ウェポン」。

2007年3月17日 (土)

初めてのカメラ

私が生まれて初めて自分のカメラとして手に入れたコニカの EE・MATIC Deluxe です。手に入れたと言っても実際は母親に買ってもらったものです。中学の修学旅行(京都、奈良旅行)の際、カメラをどうしても持って行きたい。しかし拙宅にはカメラなどという高価(当時は)なものはなく、どうしても欲しいと親に強請った訳です。六畳一間に親子四人が暮らしていた、決して裕福とは言えない我が家の家計の事も考えずに私はカメラを強請った。ところが思いもかけず買ってあげるとの返事。中学生の私は有頂天になったものです。母は私を連れて横浜伊勢佐木町のカメラ店へと出向いたのですが、母が考えている以上にカメラの価格は高く、とても買えないという。私に諦めるよう説得して家路へと向かったのですが、そこはまだまだ子供の私です。自分のカメラが持てるというワクワクとした気持ちが一気に奈落の底に落とされたような心境になった私は、当然ダダをこねる訳である。「買ってよ〜、買ってよ〜」と半べそをかきながら母の後を追いました。「いい加減にしなさい!」と何度も何度も叱られながらもしつこく迫る私に、とうとう母は仕方ない・・・・という感じでまたカメラ店へと引き返してくれた。
そして買ってくれたのが写真のカメラである。驚喜するような嬉しさだった事は今も覚えている。当然修学旅行ではパチパチとシャッターを押しまくり、相当な本数のフィルムを消費した。実際に何本撮影したかは失念してしまったが、予め用意したフィルム本数では足りなく、現地の観光場所で何本かフィルムを買っていた。そして帰って来てからカメラ店に現像をお願いし、母と一緒に写真を受け取りに行ったものの、本数が多いので当然料金も高い。ここでまた母に叱られてしまったのである。(笑)
そのカメラも後年押し入れの中に長い年月仕舞っておいたままになっていた。二十数年経ってから出してみるとカメラケース(革製)もレンズもカビだらけという始末。どうしようかと思案の末、新宿のコニカサービスに持って行ったところ、オーバーホールは可能との事でお願いした。応対して頂いたコニカの方が「このカメラ、いいカメラなんですよ」と言われたのを今も覚えている。何しろ購入時の思い出がいっぱい詰まった、そして母の思い出が残っているこのカメラは今も大切にしている。ダダをこね、無理を言って困らせた母も、今は居ない・・・・。
Konica

2007年3月16日 (金)

二本の Summicron-M 50mm

Summicron-M 50mm F2 と言えばカメラが好きな人なら知らぬ人はいないでしょう。ライカ M 型の標準レンズとしてあまりにも有名。このレンズもモデルチェンジを繰り返しながら現在に至っておりますが、初期のリジッドタイプはライカファンには特に人気がある。私の所有する二本のうちの一本(写真左)はこのリジッドタイプの後に発売された Summicron で、発売当時Summicronはレンズ構成が 7枚から 6枚になった事でコストダウンされたと取られ、案外不評だったと聞く。しかしそこはライカ、描写に不満は無く、さすがライカの標準レンズだと思う。コントラストは現行ほど高くはないが、しっとりとした描写でトーン豊富な写りには感心してしまう。

もう一本(写真右)は現行の Summicron である。ややずんぐりむっくりとしたデザインは好き嫌いが分かれそうである。フードは内蔵の引き出し式。最近のライカレンズはフード内蔵が多くなっていますが、やはり外付けが私は好きである。描写に関してはさすが現行品という感じで、まったく文句の付けようがない。絞り開放からしっかりとした写りを見せてくれますが、多くの人が言うように F4 くらいまで絞ると完璧な描写になります。さすがライカの Summicron です。 M8 に装着するとやや画角が狭くなりますが、その分余計に完璧な写りを見せてくれます。

2007年3月15日 (木)

007

私はスパイ映画、最近は普通のアクション映画になり下がってしまったが、 007 シリーズが大好きで、劇場で観るのはもちろん、自宅でも同じ作品を何度も観ている 007 バカである(笑)。 007 と言えばなんといってもショーン・コネリー。ショーン・コネリーというよりジェイムズ・ボンドそのもの・・・・という感じですね。本人もそう見られるのが嫌で人気絶頂期に役を降りてしまった。以後、ジョージ・レーゼンビー、ロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトン、ピアーズ・ブロスナンと来て最新作のダニエル・クレイグ。私の好みからはロジャー・ムーア時代がシリーズとしては一番面白くなかった。イアン・フレミング原作の緊張感に一番欠けているキャラクターだったからである。それと格闘シーンの演技が下手でした。第2作「007/ロシアより愛を込めて」でオリエント急行内で敵の殺し屋レッド・グラント役のロバート・ショーとショーン・コネリーの格闘シーンは映画史上に残ると言っても過言ではない見事な演技でした。アクション映画を得意としたテレンス・ヤング監督の面目躍如というところです。それに比べるとロジャー・ムーアは体が動かないですね。ひたすら彼特有のユーモアだけを全面に出していたジェイムズ・ボンドでした。ボンド役はスマートさ、カッコ良さ、男臭さ、緊張感を感じさせる役者でなければならない。これは原作から私がイメージするジェイムズ・ボンドなのですが、これにピッタリなのがショーン・コネリーです。ティモシー・ダルトンはスマートさには欠けていましたが、わりと好きなボンドでした。ただ本国イギリスでの人気がイマイチだったそうで二本で役を降ろされてしまった。その後四本に出演したピアーズ・ブロスナンもなかなか良かったです。新しいボンド像を作ったと思います。ショーン・コネリー以降では私の好きなボンドでしたが、第20作「007/ダイ・アナザー・デイ」を最後に降りてしまったのが残念である。
で、最新第21作「007/カジノ・ロワイヤル」で初登場の金髪、ブルーアイのダニエル・クレイグ。スマートさ、カッコよさ、にはほど遠いキャラクターで、まさかイオン・プロがああいうボンド役を設定するとは思わなかった。今回は久しぶりのイアン・フレミング原作ものでしたが、次回作以降はまたオリジナル脚本で製作しなければならないので、果たしてどういう風に作って来るのか乞うご期待というところ。写真は第3作「007/ゴールドフィンガー」のソフト。上左が初回発売のレーザーディスク、上右が再発売のデラックス版。音声はデジタルサウンド。下左は初回の DVD。下右が最近発売されたデジタル修復処理された再発売版DVD。このデジタル修復版は初回発売の DVD とは別物のように映像が奇麗になっており、音声も 5.1CH サラウンドに生まれ変わっています。ハイビジョン・ディスクであるブルーレイ・ディスク・ソフトとしての発売を目的としてデジタル修復されたものと思うが、今から発売を楽しみにしている。007

2007年3月14日 (水)

Elmarit-M 28mm もどき・・・

ライカファンなら誰でも・・・、いやカメラ好きなら誰でも知っているライカの Elmarit-M 28mm F2.8 というレンズがある。ライカの広角レンズとして特にファンの多いレンズである。何度かモデルチェンジをしているが、特にファーストバージョン、セカンドバージョンが人気のようで、中古市場でも程度が良いとそれなりの価格をしている。私は 35mm の画角が好きで、M 型ではずっと 28mm には手を出していなかった。しかし昨秋、急に 28mm を使ってみたいという気持ちが出てライカの Elmarit-M 28mm を物色したのであるが、中古市場価格が比較的安い Type IV ですら十数万円していた。で、たまたま雑誌記事の比較写真でコニカの M-HEXANON 28mm F2.8 が Type IV を真似たかのようなレンズ構成で、描写も申し分ない。それなら取り敢えず予算の問題もあるので M-HEXANON 28mm F2.8 を買ってみよう・・・となったわけである。言うなればプアマンズ Elmarit-M 28mm である。雑誌で見たレンズ構成は確かに Elmarit-M 28mm F2.8 Type IV にそっくりで、記事の筆者は描写については本家 Elmarit より上・・・とまで記述していた。まぁ、それについてはともかく、確かに M-HEXANON 28mm は良く写る。M8 に装着して楽しんでいるが・・・、そこはライカ沼にズッポリの私としては、やはり本家の Elmarit-M 28mm が欲しい。これが今日の結論です。(笑)Hexanon

2007年3月13日 (火)

携帯電話を失くす・・・

今日、レンズの修理の為銀座へ出たのであるが、山手線を有楽町駅で下りた際、ズボンのポケットに入れていた携帯電話をシートに落として電車を下りてしまった。階段を下りる途中気が付き、電車へ戻ろうとしたが発車してしまった。すぐ有楽町駅で届けを出したのですが、隣の東京駅や神田駅に連絡を取ってくれることもなく、ただ小さな紙切れを出し、それに届けを書けとの事。極めて不親切な駅員だった。JRの忘れ物に対する対応って、こんなものだったのか・・・と、残念に思う。何故山手線で落としたと分かるかというと、この電車の中でいつもアドバイスを頂いている写友にメールを送っていたからである。メールを出した後、ズボンのポケットに携帯を突っ込んだのである。シートに座りながらポケットに入れたので、きちんと入っていなかったのであろう。未だにJRから拙宅には連絡が来ていない。買い直さないといけないなぁ・・・。しかし大事なデータも入っていたのでガックリ。二日続きの災難でした。写真は写友に携帯を失くした事を連絡する為にパソコンをお借りしたMac銀座店。L1010264

2007年3月12日 (月)

ライカ 28mm レンズ壊れる・・・

28mm 大事なライカの一眼レフ用広角レンズ Elmarit-R 28mm/f2.8 (Type I) が今日壊れた。R9 に装着してみたらピントがまったく来ない!あれ?あれ?・・・と思い、他のレンズを R9 に装着してみるときちんとピントは来ます。今一度 28mm を装着してみたものの、結果は同じ。幾らピントリングを回してもピントは来ません。すると「パチン!」と音が・・・・。レンズを正面から見ると絞りが最小絞りになっています。レンズを外して絞り連動レバーを指ではじいてみたらスカスカでバネが利いていません。ピントが来ないのは絞りとは関係ないので、もしかしたらレンズが鏡胴の中で外れかかっているのか・・・?一応、明日ライカジャパンに持って行って診て貰う事にする。ショックでした・・・(^^;

2007年3月11日 (日)

DMR って・・・

DMR と聞いて「あぁ・・・」ってお分かりになる方はかなりのライカ通だと思います。国産の銀塩35ミリ判に代わるデジタル一眼レフは変な言い方ですがカメラ本体そのものがデジタルカメラです。しかしライカには現在一眼レフタイプのデジタルカメラは出ておりません。で、ライカ社が最初に選んだ道は、従来の銀塩一眼レフボディの裏蓋を外し、デジタルバックを代わりに装着してデジタルカメラとするものでした。この方式は中判カメラでは当たり前にやられていたのですが、35ミリ判の一眼レフにライカ社はデジタルバックを装着する事としました。写真が現行の R9 にデジタルバックを装着したものをボディの裏から撮影したものです。DMR とは Digital Module R の略となります。大きさとしてはモータードライヴを装着したものとほぼ一緒です。記録画素は 1000万画素で、画角は 35ミリ判の約 1.3倍、記録メディアは SD カードです。Dmr

2007年3月10日 (土)

カメラ好き

写真を撮るのも見るのも好きなくらい、カメラそのものも大好きである。もともとメカ好きのようで、長いことオーディオにも凝っていたくらいで、機械モノに惹かれるようである。嘗てスピーカーユニットを買って来てスピーカーボックスを作ったり、レコードプレイヤーを組み立てたりもした。しかしさすがにカメラは作れない(笑)。国産、海外、いろいろとカメラも使って来たが、最終的に行き着いたところはライカとハッセル。ライカは最近デジタルに移行しつつあり、私も初のM型デジタルライカであるM8を手に入れた。そして更にはDMRも・・・。デジタルでもやはりライカはライカである。Leica_m8

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