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2011年5月 9日 (月)

西方の音

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昨日ご紹介した「ぼくのオーディオ ジコマン開陳」を読んでいたら、剣豪小説で有名な作家、故五味康祐さんが愛用していたオーディオ装置の行方を確認しに行く記事が掲載されており、大分前に五味康祐さんが自身のオーディオ遍歴や音楽遍歴を書き記したエッセイを読んでいた事を思い出し、懐かしい気分に浸ったのですが・・・。

純文学を志すもなかなか売れなかったようですが、後年大衆剣豪小説で売れっ子剣豪小説家としてそれなりの財を成したようです。エッセイの中でも毎年暮れ、NHK-FMで放送されていたバイロイト音楽際の「指輪」をスチューダーのオープンリールデッキで録音していた内容が面白かったです。

或る年の事、録音をお嬢さんにお願いしなければならなくなる下りが登場します。平均的に女性の方はこういった機械が苦手でしょうから、お嬢さんも大変だったのではないかと思います。

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故五味康祐氏が愛用したオーディオ装置

「ぼくのオーディオ ジコマン開陳」の中で作者、田中伊佐資氏が五味さんの家とオーディオ装置が現在どうなっているのかと五味さんの家を訪ねる記事が掲載されていまして、そこを読み続けていたらお嬢さんが2005年、すでにお亡くなりになられていた事を初めて知りました。

お嬢さんなどと言ってますが、何歳でお亡くなりになったかも知らないのです。エッセイの中に登場するお嬢さんは確か高校生だったはず。で、五味さんが亡くなられた後、お一人で五味さんが残した豪邸に住んでおられたようですが、一人ではあまりに広い家だったので土地の一部を売却し、お一人でお住みになるのに丁度良い大きさの家に造り替えたそうです。

しかしすでにお亡くなりになっていたとは・・・。五味さんが書かれたエッセイでのお嬢さんの様子が微笑ましく、妙な親近感(自分勝手ですが)を覚えていただけに少々ショックを受けました。大分前、ステレオサウンド誌だったかレコード芸術誌だったかで、お嬢さんの父への思い出を綴ったエッセイが掲載されており、お父様への愛情溢れる文章を思い出します。父の残したオーディオ装置で時折音楽を聴いていたそうです。

家を小さく造り替える際、地下室に亡き父が使っていた部屋をそのまま再現(上の文庫本の写真のように)してあったのですね。田中伊佐資氏がご親戚の方の案内で訪問してみると五味さんが愛用していたレコードプレイヤー EMT930stのターンテーブルにはレコードが乗ったままになっておりました。もしかしたらお嬢さんが亡くなる寸前に聴いた父の残したレコードだったのかもしれないと書かれてあり、ジ~ンとなってしまいました。

その後、五味康祐さんのオーディオ装置とレコードはお住まいが在った練馬区に寄贈されたそうです。

お嬢様に合掌。

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コメント

おはようございます。
五味康祐さんは、音楽についてのエッセイなども書かれていたのですね。写真にある部屋、なんだか懐かしい雰囲気ですね。お嬢さんにまつわる今日のKONDOHさんの記事も、エッセイを読ませていただいているような味わいがありました。

こんばんは。
五味康祐さんは、オーディ界では巨星のような人でしたね。
たしか和室にセットされていたと思いますが、こんなところにとんでもない装置ばかりそろえて本当にいい音がするのだろうかと思っていました。
でも、よく調整されたオートグラフならば一度は聴いてみたいですね。

koukoさん、こんばんは。
五味康祐さんはオーディオについてはなかなか拘りのあった方でした。
そのオーディオ装置がご覧のように落ち着いた雰囲気の部屋にあるのですから、部屋にも拘りがあったのでしょうね。

yymoonさん、こんばんは。
五味さんのオートグラフ、どんな音だったのでしょうね。日本でも数少ないユニットを使ったモデルだったらしいですし。
最近、ちょこっとオーディオ熱が出てしまいました。(笑)

こんにちは。
今風の手軽さとは無縁のオーディオ装置ですね。
ターンテーブルにレコードがのったままになっているのですか。今にもふらっと主が現れて、そっと針を落とすのではないかと想像してしまいます。

ビワさん、こんばんは。
はい、どれも手間の掛かる装置だったと思います。アンプは真空管で、球に性能のバラツキがあるらしく、新品でありながら捨てられる運命になったものが相当数あったようです。

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