« 厳粛な地へ・・・ | トップページ | 被災地、仙台空港 »

2011年7月27日 (水)

被災地を訪れて・・・

Dsc01521
2011/07/25 東京駅 (東北新幹線ホームにて)

25、26日の二日間、3月11日の東北関東大震災で被災した宮城県に行って参りました。25日早朝の東北新幹線に乗り、仙台駅で下車。予約していたレンタカーを駆り、25日は仙台空港周辺、松島、南三陸町、気仙沼市、四箇所の被災状況を我が目で見、車を折り返して仙台へ戻り宿泊。

26日は前日通過した石巻市を訪れ、そこから南下して前日訪れていなかった仙台空港近くの名取市を訪れました。その後仙台駅へ取って返して夕方の新幹線にて東京駅を経由して横浜に帰って来ました。

二日間の走行距離 460km余り。阪神淡路大震災の時は訪れる勇気が出なかったのですが、今回は意を決して訪れる事にしました。震災から四ヵ月半も経っているのに、自分が想像していた以上の悲惨な状況を目にし、石巻市、南三陸町では涙が止め処もなく溢れて来、とても写真など撮影出来る心理状況ではなくなり、車の中で流れて来る涙を拭っているだけでした。

果たして自分が撮影した現在の状況をブログでご紹介して良いものかどうかずっと考えておりました。そもそも発表を目的として撮影していたわけではなかったので。

ところが石巻市で家を流された或るお宅の奥様から当時のお話しを聞く機会があり、平和に暮らす日本の多くの方に被災地の現状を見てもらいたいです、と伺い、少し勇気を頂いたので、明日以降拙ブログで自分が撮影した写真を掲載したいと思います。

しかし現場では被災者のプライバシーに関わるような写真は撮らないようにしていました。石巻市では墓地が流され、多くの墓石が瓦礫と一緒になっており、ご自分のところの墓石を一生懸命に探している被災者を見、とてもじゃないですがそういう瞬間の写真など撮れませんです。

今回は同行者が一人おりましたが、その同行者から「ここに来たら心を鬼にしなければダメだよ!」と言われてしまいました。しかしその時、自分には絶対「報道カメラマン」にはなれないと思ったものです。どうしても撮影する前に感情移入が先に立ってしまったからです。

前述した石巻市でお話しを頂いた奥様によると、命が有るのは奇跡だったと申していらっしゃいました。屋根の上で助けを待っている間、何度も津波が来たり引いたりで、生きた心地がしなかったとの事。救助された後に家は流され、その後大分経ってから屋根がかなり離れたところで見つかったものの、自家用車は未だに見つからないとおっしゃっていました。

更にお隣がコンビニのセブンイレブンでしたが、オーナーの方は未だに見つかっていないそうです。ご自宅が在ったところに自費で「かんばろう!石巻」という大きな看板を建て、被災地復興のシンボルとされている「ヒマワリ」を鉢に生けておりました。奥様は現在ご親戚のお宅に身を寄せているそうです。

福島県、宮城県、岩手県出身以外のすべての国会議員はあの惨状を自分の目で見るべきである!
そうしたら被災地復興の事を棚に置いて足の引っ張り合いをしている国会での見苦しい答弁は出来なくなる筈です。

テレビ、新聞等で見る被災地の写真と、自分の目を見開いて見る現場の被災状況とでは余りにも印象が違い過ぎます。出来れば一人でも多くの日本国民にあの惨状をご自分の目で見て頂きたいと今回思いました。

そうしたら、あちこちで目にする・・・、

*** この度の東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

とか・・・、

*** 被災地の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

と言うような通り一遍の(申し訳ないですが)お義理的な言葉すら発する事は出来なくなると思います。

私にとっては何の言葉も出ないほどのショックを受けて帰宅しました。南三陸町では町全体がそっくり無くなっていました。あれを見たら、何のお悔やみの言葉も出ないと思います。

日本人だったら絶対あの惨状を見て来るべきだと、そう思ったのが嘘偽りのない私の感想です。

« 厳粛な地へ・・・ | トップページ | 被災地、仙台空港 »

コメント

お疲れ様でした。写真を見るまでもなく言葉も出ない
程のインパクトです。ドイツに居ますとチェリティーコンサートを行なったり、募金くらいしか出来ず、悔しい
思いをしております。政府の対応には貴兄同様怒りを感じます。
貴兄の写真を通じて被災地の方々に我々の思いが通じることを祈っております。

 おはようございます。
 昨日のブログを読み、そうではないかと思いました。

 阪神淡路大震災の時は、物資を持って神戸に行きましたが、戦場のような崩壊状態でした。
 家族との別れ、家や仕事をなくすなど建物などは復興しても、内面への影響が大きくなります。

 大震災のあと、ストレスなどで病気となり亡くなる方も神戸・阪神では多いのが現実です。

 社交辞令のような紋切り型の文面が目立つこと自体が問題ですね。

お疲れさまでした。
現地を観ること、政治家もお役人も、全ての日本人や世界のひとたちも、コレに尽きると思い知らされます。
何も出来ない自分を省みて改めて、
KONDOHさんの行動力に敬意を表させていただきます。
あっ、若しかして初めての東北新幹線でしたか。(笑)

おはようございます。
大変なご決心で行かれたのでしょうね。お疲れ様でした。メディアではなく、実際の被災地の姿を見た方のコメントやお写真は、離れた場所で暮らす私たちにとって得難いものです。ブログに掲載されるのも、やはり大変な作業かと思いますが、しっかり拝見したいと思います。

KONDHOさま。

訪問いただき、ありがとうございます。

私は震災翌日(3.12)の仙台港/多賀城からシャッターを押してます。
その折りに、ご遺体も発見しました。
救援物資も運びました。避難所にも行きました。

いろんな事がありました。
これからもっと、いろんな事が起こるでしょう。常に現在進行形です。

ちゃんと見ていただいて、ありがとうございます。
東北人の一人として、御礼申し上げます。

私も阪神大震災の被害を受けた経験幸いにも半壊で大きな被害がありませんでしたが都市型で局地的てありお見舞いや弔問で目を覆うような地域に何度もありました。
東日本大震災はその数十倍の規模でしたので被害の比較は出来ませんが。
KOMDOHさんも現場で道路の匂い、そして漂って来る空気の異様さ見たことのない光景は映像では理解できない状況を肌で感じて見て考えさせれたことでしょう。
阪神間では未だに更地で放置されている家のあとも多々ありますが。その時、政府や行政の対応は、まるで900年前の方丈記の世界ではないかと思ったことです。そして「がんぱろう」という無責任なことばは使用すべきではない。「被災を受けた人は教えられなくても耐えてたえて苦慮しがんばらなければ生きていけないからです」テレビのコメンテーターのような無責任な発言であり反論せざるを得ないのですが。
今回も広島・長崎に続く4度目の原発事故、がれきの処理そして復興と山積みですが客を迎えるのは客より先に来て出迎えろ!という程度の議員が何十人何十回被災地を視察しても果たして政策にいかされるのでしょうか。私たちが選んだ政権により自己保身の極みの答弁を聞かされている被災地の人々の心情に心からお慰みを申し上げさせて頂きたいものです。
届けられない義援金(いずれ届けられることでいょう)にもこれからも協力しますが私たちにこれからなにが出来るか考え続けたいものです。

ハマさん、こんばんは(こんにちは)。
政治家たちは自分たちの利益の事しか考えていないように思えてなりません。
自分の想像以上の被災状況を見るに付け、政治家たちこそ現状を見なければならないと痛感しました。
被災者の方々の声も同じです。

pyosidaさん、こんばんは。
阪神淡路大震災の時は勇気が出ませんでした。
例え物的に関して元に戻ったとしても、亡くなった肉親の方々は戻って来ないわけですから、おっしゃるように精神的な面のケアが大変だと思います。
社交辞令の紋切り型文面、被災状況をご自身の目で見ていないから出る言葉だと今回感じました。安易に口に出す事ではないです。

kurakameさん、こんばんは。
被災状況を見ると、改めて人間の力なんて無力なものだと痛感しました。
被災者の方々に同情出来るのは阪神淡路大震災で被災した方々くらいなのではと思いました。
今回こういう形で東北新幹線に初めて乗車するとは思ってもいませんでした。しかし生涯忘れない事になるでしょう。

koukoさん、こんばんは。
随分悩んだり考えたりしましたが、結局訪れる事にしました。しかし行って良かったと今は思っています。
これからどの写真を掲載するか選別しなければなりませんが、是非ご覧下さいませ。

お帰りなさい。
人づてに聞いたり、ボランティアに行った方の写真だけを見ています。
実際に生活している方の苦労は想像することさえ出来ない自分が歯がゆいし情けないと感じます

ろだごんさん、こんばんは。
いえいえ、お礼などもったいないです。
震災以後、コメントこそ残しておりませんが、ろだごんさんの活動はずっとブログで拝見しております。
時にはお疲れのご様子も窺えたりしましたが、安易になぐさめの言葉など掛けられませんでした。
四ヵ月半も経っていながら今だあの悲惨な状況に絶句致しました。
おっしゃるように出来事は現在進行形だと思います。少しずつでも上向きになってくれたら・・・。

Tokiwaiさん、こんばんは。
被災者のお気持ちを理解出来るのはTokiwaiさんのように阪神淡路大震災で被災した方々だけではないかと痛感しております。
現場の光景は在り来たりの言葉ですがまさに想像を絶するものでした。言葉として表現出来ないです。
「がんばろう」なんて第三者が安易に口にするべきではないという事は現場を見た人なら誰でも思う事でしょう。
日本の政治家たちは自分たちの利権争いだけに夢中で、口先だけ「復興」と言っているように感じます。情けないですね。
義捐金もすんなり被災者に届かず、いろいろな問題が山積ですね。

roxanne6さん、こんばんは。
こんな事が有り得るのか・・・と思うくらい信じられない光景でした。
しかし事実なわけです。自然の驚異に対し、如何に人間が無力だという事を思い知らされました。

こんにちは。
僕には何も言えませんが、とにかく自分なりのやり方で被災地の復興を手助けできたらなと思っています。

こんばんは。

現地で、想像を絶するような状況を目の当たりにされたということは、大変貴重な経験ですね。

こういうときこそ、政治の力が発揮されなくてはなりませんが、全く機能していませんね。政党助成金で政治屋をやっている人には無理です。

私にはこれ以上コメントできませんが。

ビワさん、こんばんは。
そうですね。気持ちと目だけでも被災地を見続けて行きたいです。

yymoonさん、こんばんは。
今回の経験は生涯忘れられないですね。
残念ながら日本の政治家はまったく頼りになりません。これが現実であり、そういった政治家を選んだのは国民なんですよねぇ・・・。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 厳粛な地へ・・・ | トップページ | 被災地、仙台空港 »