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2012年7月11日 (水)

世界遺産・知床

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知床・ウトロ港(7月3日 午前6時40分頃)

冬季は網走港から流氷観光砕氷船として、夏季は知床観光遊覧船として活躍している「おーろら」と「おーろら 2」がウトロ港に着岸している姿です。昨年2月は後ろの「おーろら 2」に乗りましたが、今回は前の「おーろら」に乗船しました。撮影した時間は早朝ですが、私がこの日乗船したのは午前10時30分出航の便です。

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乗船して出航するまで待つ間、夏の日差しは暑く、ジリジリと肌を刺して来ます。しかし一旦沖へ出るとオホーツクの風は実に爽やかでした。知床半島はオホーツクの荒波にどこも浸食されていて、大自然の脅威をまざまざと見せつけられます。

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夏の知床観光遊覧船に乗るのは5年前に参加した旅行社のツアー以来で二度目となりますが、前回と同じく絶好の天候に恵まれ、知床半島の雄大な景色に大きな感動を味わいました。

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↑この断崖絶壁の真上辺りに「知床五湖」が位置しています。もちろん遊覧船に流れている観光ガイドのアナウンスで知った事ですが。(笑)

そして遊覧船は知床半島の崖沿いに進んで行き、いよいよ観光遊覧船最後のクライマックス、「カムイワッカの滝」に近付いて行きます。

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遠目に「カムイワッカの滝」が見えて来ました。昨日ご紹介した「カムイワッカ湯の滝」は写真右手奥に位置しているわけです。

朝早い時間には知床半島の陸上からオホーツク海を見下ろし、数時間後にはそのオホーツク海から陸上を見上げる事が出来たなんて、自分的には大きな感動を呼びました。怖々と人気のない(当たり前ですね)原生林の中へ車を進めた甲斐がありました。

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オシンコシンの滝も素晴らしい眺めですが、カムイワッカの滝は海からしか見る事が出来ません。それがまた陸上で見る滝とは違った味わいがあります。何しろ人間などを寄せ付けない大自然の凄さを見る思いです。

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オホーツク海から見る硫黄山の壮大な姿です。残念ながらこの日知床半島は一日中雲を被っており、姿全体が見られなかったのは少々残念です。

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カムイワッカの滝から遊覧船は面舵いっぱい。名残り惜しいですが、遊覧船は再びウトロ港へと向かったのでした。

知床が世界遺産に指定されたのは2005年。冬には流氷により大量のプランクトンが運ばれ、サケなどの豊富な魚介類が生息しています。そのサケが秋には知床の河川を遡上し、ヒグマやオジロワシの餌となるわけです。そしてその動物たちの排泄物や死骸が植物の栄養素となる。そういった食物連鎖も世界遺産に指定される重要な要素となったようです。

Nikon D800 + TAMRON SP 70-300mm/F4-5.6 Di VC USD

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コメント

おはようございます。
この遊覧船、たのしいですよね♪ 最後のお写真の海の色、何とも言えません。冷たいブルー。南国とは違った青ですね。カムイワッカの滝の飛沫や硫黄山の緑、瑞々しい空気を感じます。北海道旅行にはホントよい季節でしたね♪

koukoさん、おはようございます。
寅さん映画でもこの遊覧船が出て来ました。今回も夕方には飛行機に乗らなければならないので1時間半コースでしたが、次回は3時間コースで乗船したいと思っています。え?また行くのかって・・・(^^;
ここまで来るとさすがに最果ての地、という感じです。

「オホーツク老人」(戸川幸夫著昭和34年発表)は、物語の時代設定も昭和34年(1959年)です。今でも“日本最後の秘境”などといわれる知床ですが物語の時代には文字どおりの秘境でした。
「(知床)半島中央部のウトロや羅臼はやや港町らしくなり、番屋(漁業小屋)はさらに半島突端に向けて進出していったが、未だに通ずる一本の陸路もない。人間の姿が見られるのは6月から11月までで、そのほかは嵐と流氷で
とじこめられた太古が残る。」この時期に主人公の村田彦市老人は冬の番屋を守るために猫と過ごす日々の厳しい生活を描かれて本を読み最果ての地の物語に感動しました。
その時以来知床にと関心があったのですが訪れることは出来ませんでした。今では羅臼岳は登りたいですね。
その後、映画された「地の果てに生きる」「知床旅情」の歌が森繁久弥により生まれています。長くなりましたが知床は未だに秘境のようですね。

Tokiwaiさん、こんばんは。
知床は世界遺産に指定された事で、これからは必要以上に開発される事はないのではないかと・・・。自分も行ってみてからはこのままの状態で残して欲しいものと思いました。
戸川幸夫さんは動物関係の書物が多かった記憶があります。昭和34年時代はまさに秘境だったのでしょうね。

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