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2016年9月19日 (月)

横浜・台町歴史散歩(3)

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横浜市神奈川区台町

これが現在の台町。ご覧の通りの坂道となっています。

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良く知られた広重の絵です。ここに描かれている坂道が現在の坂道なのだと思います。

田中家さんの前身、「さくらや」がこちらの絵で確認出来ます。

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神奈川台の関門跡です。

説明書きによりますと、横浜が開港されてから外国人が何人も殺傷される事件が発生し、イギリス総領事他各国の領事たちが幕府を激しく非難したそうです。

そこで幕府は安政六年(1859年)、横浜周辺の主要地点に関門や番所を設け、警備を強化。で、作られたのが神奈川宿を東西に分ける関門。関門で通行人たちをチェックしていたのでしょうね。ちなみに明治四年(1871年)に廃止されたそうです。

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現在の台町はご覧のようなマンションが坂道の両側一帯に建っています。

歴史散歩とはまったく関係ありませんが、この写真は絞りF4で撮影しています。等倍で見ても四隅まで実にシャープな描写。本当にこのレンズは素晴らしい! この銘玉一本有るだけで富士ミラーレスカメラを使う意義が出てしまう。(^^)

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台町の坂道から海側を見た風景です。広重の時代は海だったわけです。(^^;

昔は海だった前方、隠れていますが現在は横浜駅(西口側)が在るのです。東口のそごう百貨店が少し見えていますね。(^^)

台町のお散歩、お付き合いくださいまして、ありがとうございます。

FUJIFILM X-E1
XF 35mm F1.4 R

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コメント

おはようございます。
東海道五十三次の「台の景」は、高台からの景色を描いたものなのですね。
こちらから見えた海に大きな船が行きかう景色、茶屋や料理屋が軒を連ねる様子、
素晴らしい眺めだったのですね。
現在との対比、楽しく拝見させていただきました。(^^)
横浜駅周辺には、よく出かけるのですが、
次に駅を降りた時は、当時の景色に思いを馳せそうです。(^^)

おはようございます。
1枚目の写真のあたりはよく知っています^^
このあたりはかなり急な坂道が多いですね。
広重の絵には、こんな坂道が描かれているのですね。
海の近いことに驚きます。
お写真拝見していて、横浜散歩熱が高まっております^^

Maruさん、こんばんは。
五十三次で描かれた絵と、現在の様子、時代を感じますでしょう・・・?
この坂道から左はもう海だったのですねぇ・・・。
この当時は車の排気ガスも工場の煤煙もないですから、さぞかし澄み切った風景だったと思います。
横浜駅からすぐのところですが、駅前の喧騒とはまったく違います、ここは。

koukoさん、こんばんは。
確かkoukoさんは神奈川区のご出身でしたよね?
この辺りも歩かれた事と思います。
広重の絵と現在の様子、坂道があるお陰で同じところだとお分かりになりますでしょう?
また、この辺りでお散歩写真をされてみてください。

こんにちは。
横浜開港当時は日本も野蛮で物騒な国だったんですね。
海だったところが、すっかり住宅街に。人間ってスゴイなあと思ってしまいます。

ビワさん、
島国根性の日本人ですから、異人は排除したかったのでしょうね。
海を埋め立てて商業地になったり住宅地になったり。本当に人間の技術は凄いです。

とても興味深いお話しですね。時代の流れですね~
広重の浮世絵は、父が数枚持ってまして子供の頃の「広重」を教えてもらった思い出があります。
それまでは、永谷園のお茶漬けの絵でしたからw

H.Oさん、こんにちは(こんばんは)。
多分、地元横浜にお住いの方でも案外・・・台町の歴史はご存知ない方が多いと思います。
広重の浮世絵をお父上がお持ちでしたか。
そうそう、ネットのどこかの質問箱に、「東海道五十三次の絵は永谷園の人が描いたのでしょうか?」という質問がありました。真面目に質問しているのだろうか・・・と、思ってしまいました。(^^;

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