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2021年7月 2日 (金)

SACDを楽しむ(17)

5550

ベートーヴェン
交響曲全集
「エグモント」序曲
序曲「コリオラン」

リン・ドーソン(ソプラノ)
ヤート・ファン・ネス(アルト)
アンソニー・ロルフ・ジョンソン(テノール)
アイケ・ヴィルム・シュルテ(バス)

フランス・ブリュッヘン 指揮
18世紀オーケストラ(古楽器による)
リスボン・グルベンキアン合唱団

録音 : 1984年〜1992年

ESOTERIC(旧 蘭PHILIPS) ESSD-90233/37

古楽器による演奏をあまり好まない私ですが、初めてベートーヴェンの交響曲を古楽器による演奏で聴いてみました。

古楽器による演奏は、極端なアーティキュレーションによってモダン楽器による現代のオーケストラ演奏とは、曲そのもののイメージがガラッと変わってしまう事が多いです。

数年前、既にお亡くなりになっておりますが、音楽評論家の宇野功芳氏が或る雑誌記事で古楽器演奏に関し、「極端なテンポと極端な強弱の取り方、古楽器演奏者のやりたい放題には本当に腹が立つ」というような事を書かれているのを読んだ時、私は我が意を得たりと思ったものです。

以前、拙ブログで書き記した事を繰り返しますが、古楽演奏者による極端なアーティキュレーションは、これが作曲された当時の演奏なのですと言わんばかり。と言うより、実際に音楽番組(NHK)のインタビューの中で、そのように話していた演奏家がおりました。私はそれを聞いて、「あなたはハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの時代に生きていたのですか?」と、言いたくなったものです。正に「講釈師、見て来たような嘘を言い」ですね。(笑)

古典派の音楽は録音システムが確立された事によって往年の指揮者、ソリストによる名演奏が後世に残されています。現代の演奏家にとってはどうしても残された過去の名演と比較されてしまうわけです。オーソドックスな演奏ではそうした名演を凌ぐ事が出来ない。であるならば極端な思い切った演奏で目立ちたいのではと。これは多少穿った見方になりますが。

少々私も極端な見解を申しましたが、モダン楽器と古楽器とでは奏法(特に弦楽器)がそもそも違うようで。私は楽器をやりません(出来ません)ので詳しい事は分かりませんが、古楽器(ヴァイオリン)の場合はモダン楽器と違いビブラートをかけずに演奏するらしいですね。それは弦が違うからだそうですが。確かに弦の響きは古楽器とモダン楽器とでは違いを感じます。

さて、今日ご紹介の18世紀オーケストラによるベートーヴェンですが、私が持っている古楽器演奏のイメージとは違い、音の響きは如何にも古楽器ですが、曲の解釈そのものは現代オーケストラによるベートーヴェン解釈に近く聞こえるのです。

ブリュッヘンの指揮は以前もハイドンの交響曲を指揮したESOTERIC盤をこのコーナーで採り上げておりますが、まるでモダン楽器を指揮しているような解釈に私はアレルギーを起こさずに聴き通す事が出来たのです。したがってベートーヴェンの交響曲全集のESOTERIC盤も購入してみようかと思ったわけです。

楽章によっては自分のテンポ感とは相容れない部分もありましたが、全9曲と序曲を楽しんで聴く事が出来ました。オケの編成そのものがウィーン・フィルやベルリン・フィルといった現代オーケストラに比べると室内オーケストラ並に小さいですから、どうしても響きに物足りなさは感じます。特に「英雄」や「運命」、第9番は。

元々ブリュッヘンはベートーヴェンに関しては第3番「英雄」までしか指揮しないつもりだったようですが、コンサートの評判が良かった事とレコード会社の意向もあって全9曲を録音する事になったようです。したがって全9曲の録音(ライヴ含む)を完了するまでに年月を要しています。

後年、全9曲を再録音しておりますが、今日のESOTERIC盤は古い方と申しますか、最初の録音での全集となっております。

長くなりましたが、初めて聴いた古楽器オーケストラによるベートーヴェンを今日はご紹介させて頂きました。

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